1941年の真珠湾攻撃で死亡した米海軍兵の遺体の身元が80年後に特定され、家族によって13日、埋葬された。
現代の法医学技術により身元が特定されたハーバート・ジェイコブソン氏の遺体は、米ヴァージニア州のアーリントン国立墓地に埋葬された。
ジェイコブソン氏のおいはAP通信の取材に対し、ジェイコブソン氏に起きたことをやっと知ることができ、家族は「区切り」を迎えたと話した。
旧日本軍は1941年12月7日、米ハワイ・真珠湾の艦隊司令部に奇襲攻撃を仕かけた。これを機に、アメリカは戦争に突入した。
当時21歳で「バート」と呼ばれていたジェイコブソン氏は、日本軍が沈没させた4隻の戦艦のうちの1隻、「オクラホマ」に乗っていた。
オクラホマに乗っていた400人の遺体は、攻撃から2年後に回収されたが、その多くは身元が特定できなかった。
その後、犠牲者全員を特定しようとする作業が繰り返されたものの、最新のDNA鑑定技術が使用された2019年まで、ジェイコブソン氏の遺体は特定されなかった。
ジェイコブソン氏の埋葬は新型コロナウイルスのパンデミックの影響で、今月13日まで遅れていた。式典に参加したのは、ジャクソン氏を直接知らない子孫ばかりだった。
おいのブラッド・マクドナルド氏は、「これはある種の未解決ミステリーだったが、長い間、行方不明だったバートがどうなったのか、どこにいるのかが分かり、彼がやっと安らかに眠れるおかげで、私たちにとって区切りになる」と話した。
歯科記録などからの犠牲者特定が失敗に終わった後、最新技術を使った身元特定作業を求める運動が2003年と2015年に繰り広げられた。遺族によると、ジェイコブソン氏の母親は毎年12月7日になると、行方不明になった息子を思って泣いていたという。
真珠湾攻撃は、2011年同時に多発テロ事件が起きるまで、最も死者の多いアメリカ国土への攻撃だった。わずか2時間の攻撃で2400人以上が殺害され、アメリカの太平洋艦隊のほとんどが損傷を受けるか破壊された。
当時のフランクリン・ルーズヴェルト大統領は翌日、日本に宣戦布告し、アメリカは第2次世界大戦に参戦した。
真珠湾にはなおアメリカの海軍基地があるほか、犠牲者を追悼する記念館や慰霊碑が建てられている。
