アメリカの元副大統領で、駐日大使を務めたウォルター・モンデール氏が19日、ミネソタ州ミネアポリスの自宅で死去した。93歳だった。モンデール氏の遺族が公表した。
モンデール氏の遺族は、「最愛の父が亡くなったという知らせを、深い悲しみと共にお伝えする」との声明を発表。住宅問題や公民権、環境政策におけるモンデール氏の功績をたたえた。ミネソタ州とワシントンでの追悼式については後日発表するとしている。
モンデール氏は1976年の米大統領選で当選したジミー・カーター大統領(当時、民主党)を副大統領として支えた。カーター氏はモンデール氏について、「アメリカ史上最高の副大統領」だったと述べた。
4年後の1980年の大統領選では、カーター大統領は、共和党の大統領候補ロナルド・レーガン氏に破れた。
モンデール氏は1984年の大統領選に民主党の大統領候補として出馬したものの、過半数の票を獲得できたのは地元ミネソタ州と首都ワシントンDCのみで、レーガン氏に大敗を喫した。モンデール氏が獲得した選挙人の数は13人、レーガン氏は過去最多の525人だった。
モンデール氏はこの時、ジェラルディン・フェラーロ氏(ニューヨーク州選出の下院議員)を主要政党初の女性副大統領候補に指名したことでも知られる。
ビル・クリントン政権の1993~1996年に駐日大使を務め、1996年の米軍普天間飛行場の返還合意など、基地問題に尽力した。
「かけがえのないパートナー」
カーター氏は声明で、モンデール氏は「ミネソタ州、アメリカ、そして世界の人々にとってかけがえのないパートナーであり、有能な奉仕者だった」と振り返った。
「妻ロザリンと私は、アメリカの全国民と共に、彼の称賛に値する人生に感謝し、彼の家族に深い哀悼の意を表する」
ジョー・バイデン現大統領と妻ジルさんは声明で、「わが国で最も献身的な愛国者と公僕の1人であり、親愛なる友人でありメンターだった」と述べた。
「ジルと私は先週末、フリッツ(モンデール氏のミドルネームのフレデリックの愛称)と彼の家族と話す機会があった。私たちが分かち合った長年の友情と、どれだけお互いに学び、頼りにしていたかを思い返した」
